私は人の顔と名前を覚えるのがとにかく苦手です。ですが、2週間ほど経つと病棟のスタッフさんの顔と名前が少しずつ一致するようになってきました。
「おっす!」
毎日、たかさんに明るく声をかけてくれる、アラタさんというナースエイドさんがいました。ナースエイドさんとは、看護の現場で医療行為以外の身の回りのお世話などをしてくれる人です。
アラタさんの一声で、病室がパッと明るくなります。初めて会う人には少し身構えてしまうたかさんですが、そんな「身構えモード」も軽々乗り越えるほどの笑顔でたかさんに声をかけてくれます。
「おっす! 今からシーツを替えますよ。お! 今日もガーコは元気だね〜!」
見ていて気持ちよくなるほどの軽快なテンポで、シーツやパジャマの交換をしながら、仕事のペースに負けないくらいの速さで話しかけてくれます。検査などでベッドごと移動するときも、アラタさんたちが要領よく動いてくれます。
「おっす! たかさん、今日はレントゲン! はい、ベッド動きます。アナタも来るの? じゃあ、エレベーターのボタン押してきて! 1階ね!」
私も時々アラタさんの助手みたいになることがありました(笑)
温かくて朗らかで、びっくりするほどフレンドリーで、たかさんと私の心に太陽のような温かさを届けてくれたアラタさん。今日もきっと、誰かの心を明るく照らしてくれているはずです。
たかさんと仲良くなったのは、アラタさんだけではありません。病院にはいろいろなスタッフさんが働いています。毎日病室を掃除に来てくれて、顔見知りになったお掃除のスタッフさんであるヨシムラさんもその1人です。
「お掃除しますね。たかさん、調子はどう?」
「だぁぶ」
「だぁぶ」は「大丈夫」のことです。たかさんとのお話は聞き取るのが少し難しい場合がありますが、慣れれば問題なくお話できます。
気分転換のため車椅子を使って病棟内を散歩していると、看護師さんたちも声をかけてくれます。
「たかさん、昨日は眠れましたか?」
「はい」
「たかさん、おはようございます」
「おはよぉいます」
すれ違うたびに優しく声をかけてくれる看護師さんとそれに答えるたかさん、彼の周りに「つながり」ができていくのを感じていました。そして、同時に「このつながりの中で、いかに私が上手にフェードアウトしていくか」を漠然と考え始めた時期でもあります。
病室に戻り、どこか誇らしげなたかさんの目は、「ばっちり会話してるぜ、すごいだろブラザー」と言っている気がしてなりません。私も心のなかで「アニキ! すごいっす!」と答えます。
このまま怪我が快方に向かい、退院できることを誰もが信じて疑わなかった矢先、たかさんに予期せぬトラブルが降り掛かってしまいます。
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