『たかさんと私』#16 さっぱりしたたかさんと私 

第16話〜あとがき

「ロク・イチ・ゴ〜!」

病室に響くたかさんの声。
不意を突かれてビクッとなる私。

入浴延期の決定から数日後。午後の回診で異常がなければ、今日からシャワー浴OKと伝えられていました。

前回直前で中止になった経緯があったことや、「もし異常がなければOK」という不確定要素が強かったこともあり、今回の入浴は直接伝えずにいました。ですが、たかさんのアンテナがいつもと違う雰囲気をキャッチしていたのかもしれません。

「おいおいブラザー、君が緊張してどうするんだい?」
そんなたかさんの声が聞こえてきそうなくらい、この日の私は緊張していました。…あ、たかさんがいつもと違う雰囲気をキャッチした原因、私ですかね。

そんな中での「ロク・イチ・ゴ〜!」ですから、いつもより余計にビクッとなります。ビクッとなった拍子に、ベッドサイドに足をぶつけたのは誰にも言えない秘密の1つです。

とにかく落ち着かない私とは対象的に、とってもマイペースなたかさん。
午後の回診でも異常はなく、そのままの流れで浴室へ。そしてついに、入院から約1ヶ月半ぶりシャワーを浴びる事ができました。

シャワーのあとのたかさんは、髪の毛サラサラ。私も嬉しくなってきます。

その日の引き継ぎ用紙には、満面の笑顔でピースするたかさんのイラストが書き添えられていました。お母さんの手描きイラストから、どれだけ嬉しかったのかが伝わってきます。

入浴もできるようになったことで、いよいよ退院が現実味を帯びてきました。クリアしなければならない課題はまだまだたくさんありますが、病室の空気は確実に明るくなっていきました。

「おかあさんといっしょ」を見ると、笑顔になるたかさん。DVDの鑑賞は、今ではすっかりたかさんの日課です。

「ひろみちおにいさん。」
「はーい。」
普段は指差しでの会話が多いたかさんですが、DVDの再生は言葉でやりとりが多かったです。

弘道お兄さんが出てくるDVDは3種類用意してあり、たかさんがどの「ひろみちおにいさん」を再生してほしいかはわかりません。パターンなどはなく、完全にランダムです。

とはいえ、今の私にとっては難しくない対応です。

まずは1枚再生してみます。たかさんはお気に入りのシーンだけを観る人なので、その部分までスキップします。

「ちがうの。」
「はーい。」

「これじゃなかったのか」と思いながら、2枚めを再生。

「ちがうの。」
「はーい。」

「そうか、これが観たかったのか」と思いながら、3枚めを再生。

「ちがうの。」
「…え?」

この日は、すべての「ひろみちおにいさん」に違うのリアクションが返ってきました。流石に混乱する私。その直後、

「うただ。」
「CDかい!」
「はい。」

最初からCDが聴きたかったのか、途中で気が変わったのか、今となってはわかりませんが、鮮明に覚えているやりとりの1つです。

トリッキーなたかさんと、几帳面過ぎる私、意外と名コンビでしょ?


▶︎ 次回(第17話)へつづく

#17 目指すのは「ゴールの向こう側」


◀︎ 前回(第15話)を読む

#15 嬉しくないファインプレー

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