『たかさんと私』#4 たかさんのルーティン

まえがき〜第5話

怪我をしてしまい、入院しているたかさんに付き添うことになった私。職場である『ぴーすてらす』には制服がなかったので、毎日ジャージの上下で通っていました。

毎朝、陽向総合病院の駐車場に停めた車から降り、鍵をかけたあと身だしなみをチェックするところから、私の付き添いは始まっています。

だって、大好きなたかさんに逢うのに、服装が乱れてたら恥ずかしいじゃないですか…というのは割と本気です。服装の乱れは心の乱れ、心が乱れていては支援に乱れが出てしまう。これぞ忍者の思考なり(笑)

そして、たかさんがいる病室に向かって一礼。陽向総合病院は幹線道路沿いに建っているので、人の目は多いはずですが、そんなもの気にしません。

そこまで身だしなみや気持ちを整えてから病室に向かうには理由があります。病院の職員さん目線からすれば、私は「ご家族さんではない付き添いの人」だからです。

声を大にして言っておきたいんですが、付き添い自体は全く嫌じゃないんですよ。むしろ、たかさんもご家族さんも大好きです。だからこそ、服装の乱れを正すことで気を引き締めていました。

私が病室に入ると、お母さんが引き継ぎをしてくれます。前日交代してからの様子や、朝の状況、本日の予定など、それからお母さんとバトンタッチです。

お母さんを見送った瞬間から、たかさんのモーニングルーティンは始まっています。枕元で挨拶をした私をキラキラした瞳でロックオン。そしておもむろに、「フォード」と一言。瞳が「繰り返そうぜブラザー」と言ってくれている気がして仕方がありません。

私が「フォード」と返すと、次は「コロナ」と一言。たぶん車の名前で間違いないはずです。やっぱり瞳は「繰り返そうぜブラザー」。そして私も「コロナ」と返します。ちなみにこのやり取りは、『ぴーすてらす』で過ごしている頃にやっていた定番中の定番です。

『フォード』「フォード」『コロナ』「コロナ」これを10往復以上、淡々と繰り返したあと「お終いです」と伝えるとピタッと止まります。たとえベッドの上であっても変わることがない、毎朝の不思議なルーティンです。

たかさんの強みは「繰り返しに強いこと」です。そんな彼には他にもルーティンがありました。

障害の特性上、したいと思っての行動なのか、脳が「繰り返せ」と命令している行動なのかは判断できませんが、「新しいこと」よりも「今までやってきたこと」を繰り返すのがたかさん流です。

病室には、たかさんが入院する時にご家族さんが用意してくれたCDプレーヤーと、「宇多田ヒカル」のアルバムが10枚ほどありました。

たかさんはCDをかけてほしい時、「うただ」と伝えてくれます。

もし間違ったCDを選んでしまっても大丈夫です。たかさんが聴きたい曲が出てくるまで「うただ」をくり返してくれます。

ちなみに、たかさんはアルバムの聴きたい曲だけを何度もリクエストするタイプです。特にリクエストが多かったのが、「Automatic」。気分を変えて違う曲を…という提案は不要だぜブラザー、と言わんばかりのキラキラした瞳で「うただ」をくり返してくれます。

たかさんが退院してから2〜3年は、私は「Automatic」が聞こえると病院が頭に浮かぶようになりました。なかなかいないと思いますよ、宇多田ヒカルで病院が頭に浮かんでくる人。


▶︎ 次回(第5話)へつづく

#5 貴方に世界はどう見えているの?


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#3 申し訳ない気持ちが過ぎて

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